私ども厚仁堂薬局では不妊治療を以下の流れで行っています。
STEP1 十分な問診(30~60分ほどかかります)
STEP2 問診から不妊の原因を特定する
STEP3 その原因に応じた治療処方を選択する
STEP1 十分な問診
問診項目は大きく婦人科項目と全身項目とがありますが、ここでは婦人科項目について簡単に説明します。
【婦人科の問診項目】
➀月経周期
②月経期間③月経痛(部位、時期、性格)
④経血の状態(色、量、性状)
⑤血塊の有無
⑥帯下(おりもの)の状態(色、量、性状)
⑦基礎体温の状況
⑧血液検査表(赤血球、ヘモグロビン、鉄、フェリチン、アルブミン、AMHなど)
これらの情報をもとに、「子宮が冷えている」、「子宮が熱を持っている」、「血が足りない」、「血が滞っている・悪い血が蓄積している」などを判断します。
それとは別に病歴・手術歴などが不妊治療ではその原因特定に非常に役立ちます。
【病歴・手術歴など】
➀子宮および卵管・卵巣の手術歴
②子宮および卵管・卵巣の感染歴
③流産歴(人工流産、稽留流産、子宮外妊娠)
④その他の手術歴(盲腸、消化器、扁桃腺)
⑤出産トラブル(産褥熱、帝王切開)、産後体調不良
⑥初潮年齢が遅い(14、15歳~)
➀~⑤は慢性子宮内膜炎を、⑥は先天的に生殖能力が弱い体質(腎虚)を疑います。
STEP2 不妊の原因の特定
上記問診から不妊の原因を特定します。
私どもが考える不妊の原因は概ね以下の通りです。
原因1 子宮の不調
【機能的なもの】
【器質的なもの】
原因2 血液の不調
【鉄欠乏性貧血】
原因3 卵子の老化
【35歳以上】
【初潮年齢が遅い(14、15歳~)】
原因4 免疫の不調
【抗リン脂質抗体、抗精子抗体、抗核抗体などの免疫異常】
【慢性関節リウマチ、シェーグレン、橋本病などの免疫病】
【花粉症・気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー】
大切なところですのでここは詳しく解説してゆきます。
原因1 子宮の不調
【機能的なもの】
★月経周期の延長するもの⇒「子宮が冷えている」と漢方的には判断します。
★月経周期の短縮するもの⇒「子宮に熱がこもっている」と判断します。
★月経周期に問題ないが、高温期が十分に上がらないもの⇒黄体機能不全です。「子宮の冷え・腎虚」と判断します。ここでいう「腎虚」とは主に先天的に生殖能力の弱い体質を言います。
★月経周期に問題ないが、基礎体温表において高温相がジグザグして安定しないもの⇒「気の滞り」と判断します。ここでいう「気の滞り」とは外界からの刺激に対して自律神経などが乱れやすい体質を言います。外界からの刺激にはストレス・温度変化・気圧変化・環境変化などがあります。
★排卵せず、ずっと低温相のままのもの⇒無排卵周期症です。「気の滞り」と判断します。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)のように器質的病変を伴う場合もあります。
【器質的なもの】
★慢性子宮内膜炎
「悪い血の毒」と判断します。子宮及び卵管・卵巣の細菌感染です。その具体的症状は以下の通りです。無症状のことも多いようです
・経血量の減少
・無月経
・黄帯下
・骨盤痛
◎感染のきっかけは以下の通り多岐にわたります。
・子宮の手術
・出産(産褥熱、悪露出ず、帝王切開)
・人工流産、稽留流産、子宮外妊娠
・クラミジアなどの細菌感染
・腹膜炎などの腹腔の慢性感染
◎不妊症患者の約40%に、そして着床障害(※1)・習慣性流産(※2)の患者の約60%に子宮内膜炎があるとの報告があります。
※1着床障害:「40歳未満の女性において、最低3回のサイクルで良好な胚を4個以上移植しても妊娠しない状態」と定義されています。最低3回とありますが一般には2回移植してダメな場合は着床障害を疑うようです。
※2習慣性流産:「連続3回以上自然流産を送り返すこと」と定義されています。
★子宮内膜症
「悪い血の蓄積」と判断します。子宮内膜症は子宮内膜の組織が子宮内膜以外の場所に生じた疾患です。20~30代女性に好発し、生殖可能な女性の10%にみられます。発生個所は主に腹膜、卵巣、ダグラス窩(子宮と直腸に挟まれた狭い空間)の三か所です。それぞれ腹膜病変、卵巣チョコレート嚢胞、ダグラス窩病変と呼ばれています。
【腹膜病変】
自覚症状はありません。しかし、一般的な不妊検査で、原因不明であった女性に腹腔鏡検査を行うとその20%に腹膜病変が確認されるとの報告があります。
【卵巣チョコレート嚢胞】
卵巣にチョコレート様の血液が蓄積します。エコーでは「卵巣が腫れている」などと言われます。
症状:排卵がなくなり不妊の原因になります。また骨盤痛(排卵時・月経前・月経中・月経後の下腹痛・腰痛)が顕著です。
【ダグラス窩病変】
ダグラス窩と直腸が癒着を起こします。
症状:性交痛、排便・排尿痛を生じます。また上記骨盤痛も起こります。
◎子宮内膜症を持っている患者のおよそ半数に子宮内膜炎が確認されたとの報告があります。ただしこの両者の因果関係は今のところ不明です。
★子宮筋腫
「悪い血の蓄積」と判断します。子宮筋腫は子宮内に生じる良性腫瘍です。生殖年齢の20~25%で発症します。発生個所は粘膜下(子宮の一番内側の層)、筋層内、漿膜下の三か所です。発生頻度はそれぞれ5~10%、70%、10~20%です。不妊に影響するのは粘膜下筋腫です。この場合、過多月経・不正出血、月経痛を伴うのが特徴です。また、過多月経により鉄欠乏性貧血を併発していることも多いものです。その際は鉄欠乏性貧血の治療も同時に行わなければなりません。
原因2 血液の不調
【鉄欠乏性貧血】
鉄欠乏性貧血は体内の鉄が不足して起こる貧血です。不妊を考える時どうしても子宮に目が行きがちですが、実はこの貧血も大きく影響を与えています。不妊治療を前提として、鉄欠乏性貧血があった場合、これは必ず治療しなければならない項目です。ここで注意しなければならないのは、一般的血液検査にある「赤血球(RBC)」「ヘモグロビン(Hb)」は必ずしも貧血の実態を反映していないということです。「赤血球」「ヘモグロビン」が基準値内でも、実際には鉄欠乏性貧血がおこっていることがあります。これを「隠れ貧血」といいます。正確に貧血の有無を確認するためには「フェリチン(Ft)」を調べる必要があります。この時、もう一つ注意事項があります。鉄欠乏性貧血はフェリチン12ng/ml未満とされています。仮にフェリチン値が30ng/mlであったら鉄欠乏性貧血とみなされません。しかし実際には30ng/mlでは妊娠を考えた場合、十分とは言えません。最低60ng/mlほしいところです。理想は100ng/mlです。アメリカではフェリチン値が40ng/ml未満の場合、妊娠を進めないと規定されているそうです。過去に血液検査で貧血を指摘され場合、月経のあるあいだは、大なり小なりに貧血が現在も存在する可能性が高いと思われます。
鉄欠乏性貧血の症状は以下の通りです。
・息切れ・動悸・疲労感
・頭痛・めまい
・スプーン爪・異食症(氷食症など)
・口角炎・舌炎
まれに鉄欠乏性貧血があっても上記の症状をあらわさないこともあります。「体が貧血状態に適合したため(慣れたため)」と解釈されています。これは、「貧血の判断において自覚症状はあてにならない」ということを意味します。
原因3 卵子の老化
【35歳以上】
卵子は確実に経年老化します。目安として、35歳以上は卵子が妊娠に支障をきたすほど老化している可能性が高いものと考え、「卵子の質」向上の漢方治療を併用します。
【初潮年齢が遅い(14,15歳~)】
初潮年齢の高い場合(14、15歳以上)、これは漢方独特の判断方法ですが、先天的に生殖能力が弱いと考え、年齢に関係なく同様の治療を行います。
原因4 免疫の不調
【抗リン脂質抗体、抗精子抗体、抗核抗体などの免疫異常】
【慢性関節リウマチ、シェーグレン、橋本病などの免疫病】
【花粉症・気管支喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー】
近年、免疫の不調がある場合、これが不妊の原因になることが分かってきました。免疫の不調は主として上記症状になって表れます。つまり、上記の病気を持っている方の不妊は、通常の不妊治療に加えて免疫の調整治療を同時に行わなければなりません。
★不妊は多くの場合、上記の原因1子宮の不調、2血液の不調、3卵子の劣化、4免疫の不調、が入れ混じります。実際の治療においては、それぞれの方法を併用して行います。
多くみられるパターン
1子宮の不調+2血液の不調
1子宮の不調+2血液の不調+3卵子の老化
STEP3 原因に応じた治療処方を選択する
原因1 子宮の不調
芎帰調血飲第一加減という漢方処方を基本に、病態に応じて様々な漢方薬を必ず併用して用います。
原因2 血液の不調
鉄欠乏性貧血の治療の基本は鉄の補給です。ヘム鉄や金属鉄を状況に応じて使い分けます。血液検査等で「アルブミン(Alb)」の不足が確認された場合はアミノ酸製剤を併用します。
原因3 卵子の劣化
鹿茸(ろくじょう・鹿の角)や亀板(亀の甲羅)といった動物由来の生薬を用います。
原因4 免疫の不調
過剰な免疫を適正抑制する漢方薬、例えば柴苓湯、地竜といったものを用います。
病院の治療との併用について
病院における治療(注射、飲み薬)と漢方薬とは基本的に相互に干渉しあいません。よって、病院治療を続けながら漢方薬の服用は可能です。
関連する症例
不妊
ひとこと
以上、厚仁堂薬局の不妊治療のあらましを述べてきました。読んでお感じになったことと思いますが、一口に不妊の漢方といってもなかなか複雑です。しかし適切にその原因を見極め有効な処方を用いないかぎり、やみくもに漢方薬を用いても治療成績はなかなか上がりません。